太陽系の惑星や衛星がどんなカンジなのか。
それがだんだん解りはじめてきたのは、じつはここ50年ほどのことなんですネ。
それまで望遠鏡で眺めてネ、色んなことを想像するしかなかったんですヨ。

じゃあ、どうやって確かめたらいいだろうか?と。
そりゃあもうネ、実際に行ってみるしかないんじゃないかな?と思うわけ。

ということで、今回のパートはボイジャーが発見したイロイロを紹介しようかと。


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1977年8月20日、ボイジャー2号が1号より先に打ち上げられました。

木星探査はそれまで、パイオニア10号と11号が1972年に行っています。
とくにパイオニア10号は木星の間近でその姿を500枚ほどの画像にしました。

うん。木星はOK。じゃあもう行かなくていいじゃん?とか思った?

じつは、木星にも土星のようなリングがあることや、大赤斑という巨大な渦は、
ボイジャー1・2号が発見したんですヨ。1979年のことです。

木星の衛星、とくにガリレオ衛星といわれる4つの大きな衛星があるんですけど、
そこにも大きな発見がありました。

イオの活火山のすさまじさは、地球のソレなど赤子同然!といわんばかりです。
火山をつくる地下のマグマ層は厚さ50km、マグマの温度は1200℃に達するそうな。

また、エウロパの青と赤い筋、黄色い斑点は、地下に海がある可能性を示しました。
宇宙常識だとネ、海といってもそれが「水(H2O)」じゃないことがほとんどですが、
エウロパの海は地球と同じ、塩水の海なんじゃないか?といわれています。

ボイジャーはその後、2年かけて土星に接近しました。1980~81年ですネ。

そこで土星のリングを調査し、その広さ(地球から月までの距離を越える)に対し、
厚さはわずか100mちょっとしかないことを発見しました。

そのあと衛星タイタンに窒素の大気があることを発見。
(現在、太陽系内で窒素の大気があるとわかっている星は、このタイタンと地球だけ)

あ~そうそう、ちなみに木星と土星には「地面」はありません。
アレ、全部「雲」ですから。ぶあつい雲のずぅ~っと奥底のほうにコアがあります。

ここでボイジャー1号は土星を最後に惑星探査ミッションを終えました。
が、ボイジャー2号はここから4年半かけて天王星に向かいます。1986年ですネ。

天王星の姿はじつに「のっぺり」と薄い水色の球体で印象が薄そうですが…
とんでもない!天王星は自転軸が98℃も傾いているおかしな惑星なのですヨ。

どういうことかというと、南極や北極の真上に太陽がのぼり、夜が来ないんですネ。
どれぐらい夜が来ないかというと、42年間だそうです。
まぁ、太陽との距離が遠いので気温はマイナス200℃以下なんですけどネ!

次に最終目的地である海王星ヘ2年半かけて向かい、1989年8月25日に最接近しました。
打ち上げから12年と5日が経過していました。

もちろん、天王星と海王星はボイジャー2号が行くまでは「なぞの惑星」でした。
「ある」ことはわかっているけれど、どんななのかはわからなかったって事ですネ。

ボイジャー2号が捉えた海王星はとても深い青で、まるで地球の海を思わせます。
しかしこれは海ではなくメタンの大気なのだそう。海王星にも海や地面はないそうな。

このあと、海王星の衛星トリトンで「氷火山」と呼ばれる現象を発見します。
噴火するものが高温のマグマではなく、マイナス230℃の窒素なんですネ。

GoldenRecord


さて、ボイジャー2号が海王星を探索し終えたことで、この計画はほぼ終了。
両機はこのまま長い時間をかけて宇宙の彼方を旅することになります。

ボイジャーには実は、それぞれエンブレムのようなモノがついています。
「ゴールデンレコード」というそうです。

これは、長い旅のなかでひょっとしたら、他の知的生命体に発見されるかもしれない!
そんな思いを込めてNASAがつくった、地球の紹介レコードなんですネ。
そこには地球上の色んな音や音楽、色んな言語によるあいさつなどが録音されています。

知的生命体に遭遇し、さらにボイジャーが彼らに回収され、レコードに気付いて、
それを再生する技術を持っていて、再生して、それが理解される可能性…

リアルに考えれば、それは「意味のないムダなもの」にすぎません。
しかし、宇宙に夢をはせる人たちにとっては「絶対に必要なもの」なんですヨ。

例えば2006年に打ち上げられたニューホライズン号は冥王星を目指しています。
到達は2015年。これにも実は、そうした意味を持つものがあります。
それは、冥王星を発見したクライド・トンボーの遺骨です。

宇宙における地球の存在は本当に、広大な砂漠のひとつぶの砂のごとしです。
そこに住むヒトはさらにちっぽけですヨ。

そのちっぽけな我々がさらにちっぽけなムダを気にして宇宙を探索する?
それよりも、宇宙に向けた広大な夢やロマンを求めたほうが、よりリアルなのでは?
もちろん、そんな杓子定規的な考え方すら「ちっぽけ」ではあるんですけどネ。

宇宙を探索する。宇宙を旅する。
それは、ヒトが想像するよりもはるかにスケールの大きなことなのです。



( ^ё^)<最終話につづく!)