やたら読み辛い漢字熟語を多用する人っているよネ!
こんな漢字とか知ってる俺カッケェ!みたいな事なんだろうけど、かえって読みにくいから、
結局誰も読まなくなっちゃったりしてネ!意味ないじゃ~んみたいな。

最近ではよく「所謂」とか使う人多いけど、わざわざ漢字にしなくてもよくね?みたいな。
「いわゆる」でええやん?と。パッと見「所詮」と読み違えたりするのはオイラだけ?

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そんなオイラもこのブログで、たま~に一般的でない漢字を使うことがあるんですヨ。
細かいニュアンスを出したい時なんかは、あえてコッチ使いたい!て衝動があってネ~。
例えば「訊く」とかネ。やっぱり聞くでも尋ねるでもなく「訊く」なんですヨ~。

まぁそんな、細かいニュアンスにこだわるほど深い内容でもないんだけどネ。
オイラはプロでも何でもないし、遊びの域でそうやってこだわって楽しんでる~みたいな。

もともとオイラ、その漢字が持っている「意味」を吟味したりするのが好きなんすヨ。
コレコレこういうニュアンスを表現するのに、なんでこの漢字なんだろう?とかネ。
ひも解いていくと、たいていソコにはちゃ~んとした「由来」があるモンなんすヨ?



◆そもそも何でそう読むの?

そうやって色々調べまくるわけであるオイラですが、その中で、調べ甲斐があるのはやはり、
「地名」でありましょうなぁ。地名ってホント、ビックリするような由来が出てくるのヨ。

例えば京都に「一口」と書いて「いもあらい」って読む地域があってネ!
なんでやねん!とツッコミたくなるような読ませ方しよるわけですワ。
でもコレ、ちゃあんとした由来があって、なるほど~とか思っちゃうわけですヨ。

巨椋(こう書いて「おぐら」と読むのもなんだかなぁだけど)池っていう有名な池があって、
その昔、周りにも沼地がたくさんあった地域だったそうな。
そんなトコだから、三方が池や沼地に塞がれてて、一方からしか行き来できないから一口と。

でもって、ソコは古来から「神様から土地を譲り受ける儀式」を行う祭司が住んでて、
その儀式を「地貰い(じもらい)」とか「忌洗い(いみあらい)」などと言ったそうなじゃ。
それが時を経て「いもあらい」となり、いつしかそのまま地名の「一口」に当てられたとか。

いやいやなんでソレを地名に当てちゃうのか貴殿!なんて言っても今更だけど、
日本の地名ってそうやって、漢字にぜ~んぜん違うトコから読みを持ってくるみたいな事、
コレマタけ~っこうやってるんスヨ!



◆春日、日下、長谷、飛鳥

有名どころで言えば「春日問題」っすネ!「はるのひ」と書いて「かすが」と読ませる。
ムチャクチャや!そらぁ外国人も「カンジ、ムツカシネー」とヘの字眉毛になるわさ。

あと「日下」は「ひのした」と書いて「くさか」と。「長谷」は「ながたに」でなく「はせ」
「飛鳥」なんかみんなヘイキな顔して「あすか」って読むけど、コレ「とびとり」でしょ?

でもってオイラも色々調べたわけだヨ。なんでそんな読み方するん?と。
ところがコレ、由来がはっきりわかんないらしいのネ!
恐らく、古来の和歌からとったものではないか?とか言われてはいるんだけど。

オイラ和歌とかぜんぜん詳しくないからわかんないけど「枕詞(まくらことば)」っていう、
簡単に言うと、この言葉とこの言葉をセットにするとナウなヤングにバカウケだヨ!的な、
そういうキッチュでキュートでオシャンティな使い方みたいなんがあるそうで。

上のアレで行くと「春日の滓鹿(はるひのかすが)」「日下の草香(ひのもとのくさか)」
「長谷の泊瀬(ながたにのはつせ)」「飛鳥の明日香(とぶとりのあすか)」となるそうな。

ところが最近、その「古来の和歌からとった」とされるモトネタの和歌を調べた人がいて、
どうもポピュラァっていわれるほど、ソレが使われた和歌が多くないぞ?と。

まぁまぁ、当時の和歌がすべて書物として書き残されたわけでもないだろうからネ、
オイラは和歌説がいちばん有力かなぁ、と思ってるんだけど。



◆日下は「日本」の由来?

ここでハッと気付いたのは「日下の草香(ひのもとのくさか)」ですヨ。
ん?ひのもと?ひょっとしてコレ「日本」の元ネタなんじゃね?と。

日本武尊、と書いてヤマトタケルと読ませるあの人は有名すぎて困るぐらいなんだけど、
実はこのお方、本名を小碓尊(おうすのみこと)と言うそうな。
じゃあなんで日本武尊なの?というトコロから講釈だ!(あくまで伝承です)

第12代・景行天皇の皇子とされているこのお方、当時の国内各地に跋扈する豪族?を攻め、
天皇統治を拡大することで世の中を平和にした~みたいな人として有名であります。
古代の日本はまさに世紀末覇者伝説!みたいな状況だったんだろうネ~。

浪速の豪族衆にはじめて戦いを挑んだ時、劣勢になって敗走してしまいます。
なんでかな~と思案しながら、じゃあ今度は生駒から、太陽を背に受けてやってみようと。
相手はまぶしいからコッチが有利なんやでぇ~みたいな事ですヨ。で、勝っちゃった。

その時に生駒山麓でその豪族と戦ったところが「孔舎衙坂(くさかざか)」と呼ばれた所。
(のちに孔舎衛坂(くさえさか)とされ、近鉄奈良線の駅もあった。今はもうありません)
太陽の光を利用して勝ったところから「日下」という字があてられたのではないかと。

それまで、主に中国大陸からは「倭」と呼ばれ、じゃあそれでいいヨと使ってたんだけど、
だんだんと避けられるようになり、かわりに「日出処天子」などと称したそうな。

そういうような事がまぁなんだ、色々こうゴチャゴチャ~とあってだな(うやむや気質)
気がつくともう8世紀ごろの書物には「日本」という国号が記されてるじゃん!てわけ。
実際、なぜこの国が「日本」と呼ばれるようになったのかは明確でないそうで。

一説には、日本武尊(この人の「日本」も実は国号が定められた後の当て字っぽい)が
生駒で戦った時の「孔舎衙」>「日下」が元になって、でも「下」という字はどうなん?
てことになって、じゃあ、神の体を現す「本」という漢字を代わりに使おうかと。

古代中国より「其の国、日の辺に在るを以て」と記されたあたりから拝借したのでは?
みたいな説もあるんだけど、それだと時系列がチコッとおかしな事になるんよネ~。

おそらく「唐書」だっけか、そこらの記述だと思うんだけど、これが編纂される以前に、
「日本書紀」がもう書かれちゃってるっぽいのよネ。



てなわけで、ミステリアスなままこの話題を投げちゃうオイラがここにいるゾ!
ぶっちゃけ歴史学者でもなんでもないオイラが講釈たれるのもカッコワルイんだけど、
なんとな~く興味本位で調べたオイラなりの仮説~みたいな事で許してヒヤシンス。



(≡ё≡)<あくまでぜ~んぶ「仮説」だからの!)