いつも近所のデスカウントスゥパァで買い物してると、いやマジでクッソ安いからネ、
ドクターペッパーの350ml缶がいっぽん60円とかだから、感覚がマヒしちゃうのですヨ。
130円の缶コーヒーとかブルジョアか!?みたいなことになっちゃうわけ!

思えば(あんまり思うと歳バレしちゃうんだけど。オイラおっさんだからネ!)、
子供のころ、おこづかいにぎりしめて駄菓子屋へ行くのが楽しみのひとつだったのだけど、
あの当時はコーラがたしか190ml瓶のが50円とか60円とかだったと記憶しております。

コーラといえば、500ml瓶のやつを「ホームサイズ」とか呼んでたと思ったのだけど、
アレが90円だったかな~?あと1lの瓶ってのもありましたネ!それが130円だったかな?
いずれにしろコーラは高くて、500ml瓶で50円だったミリンダばっか飲んでたけどネ!

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そんなハナシをまた、いつものクソ野郎仲間とグダグダ喋ってたのヨ。
そういやアレやネ、昭和52年か53年ぐらいでホームサイズのコーラが90円だったのに対し、
今はコンビニで500mlのPETが130円チョイ。40年で物価上昇率が1.5倍ぐらい?

アレちょっと待てよ?当時オイラが好きだったバナナクリームパンがたしか45円で、
今ソレ的な菓子パンはだいたい100円ぐらいするよネ?これだと2倍以上になるわけ。

たばこも、当時親父のチェリーが150円で、200円でお使い行ってお釣りをガメてたけど、
今はメビウスあたりになるのかな?これが440円だっけかな?すると約3倍ってことに。

ところがガソリンの価格は昭和50年あたりだと110円ぐらいで、今と変わらないのネ!

つまり、物価指数っていったいナニを基準にしてるんだろうネ?って。



◆公務員とあんぱん

それから色々調べてみると、ベンチマークとなってるのはさまざまで、米価だったり、
喫茶店のコーヒーだったり、電気料金だったり、一般企業の大卒の初任給だったりネ、
けっこうバラバラだったりするのですヨ。

その中で優れたベンチマークと定評があるのが、高卒初級(一般職)の国家公務員給与と、
あんぱんの値段だと言われています。(どこで誰が言ってるのか知らんけど)
特にあんぱんは明治初期からの推移がとれるので「鉄板のベンチマーク」なのだそうな。

オイラとしては、これらに加えて、電車の初乗り運賃とかも良い指標になるんじゃね?と。
てことで、ざっくりと推移を表にしてみましたヨ?

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※訂正※ 表内の「山手線」は微妙に間違いっす。正しくは「JR/国鉄の最低料金」っす。



◆4番センター聖徳太子

昭和な世代のおっさんならわかると思うけど、高額なお金といえば聖徳太子なんよネ。
福沢諭吉…ん~偉い人なんだけど、なんかこう、歴史がまだ浅いというか、ピンとこない。
ありがたみがこう、言うほど伝わってこないトコロってない?

チマタでは(どこがチマタなのかはオイラ知らないけど)、聖徳太子は実在しなかった!
みたいな説もあるみたいだけど、伝説上の架空の人物ならばなおさらスゲェんじゃネ?
神武天皇とか日本武尊とかと同等のイメージというか、そういう人物なのでしょう。

聖徳太子がはじめてお札の肖像になったのが昭和5年(1930年)なのだそうな。
その数年前に金融恐慌による銀行ショックがあって、一時「200円札」てのが出たわけ。
当時で言えば、200円とか恐らく現在の15万円ぐらいの価値があったと思うんだけど。

ところがこのお札、肖像もないばかりか単色+ハンコだけ、裏面印刷もなくマッシロ!
こんなん偽造し放題やないか!とばかりのオソマツなツクリだったそうです。
ま、一時しのぎ急場しのぎのお札だからネ、仕方ないことなのかもしれんけど。

それを除けば、この数年後に出た「聖徳太子の100円札」がもっとも高額なお札てことに。
以来、日本の「いちばん高いおかね」は聖徳太子ってことで昭和は通してきたわけ。

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戦後、昭和21年に出た聖徳太子の100円札。これが現在の4500円ぐらいの感覚かな?
ま、その後のインフレ率がハンパなくって、翌22年には1500円ぐらいの価値に下落。
さらに翌23年には800円ぐらいになっちゃってますが。

インフレ率をざっくり見ると、昭和20年の敗戦マギワから昭和28年までの8年間で、
まぁ新円切り替え政策があったとしても、だいたい100倍ぐらいになってるのですヨ。
つまり、戦前の100円が、昭和28年時点で1円の価値しかなくなっちゃってる風味ネ。



◆赤いお札はおばあちゃんのニオイ

さて時節はお盆。みんなたち、里帰りはしたかい?とはいえ、今や旧家なんてのはネ、
もうほとんどなくなってしまってると思うんだけど。オイラの親戚の旧家ももうほぼほぼ、
建て替えられてなくなってしまってます。昔は蔵とかあったんだけどネ~。

まぁそうでなくとも、そろそろ亡くなった祖母が使ってたタンスの整理とかしてると、
奥から茶封筒が出てきて、おっオタカラハッケン!的などよめきが沸き起こるんだけど、
案の定たいしたモンが入ってるわけもなく。

昔の手紙とか、切れたみやげ物のネックレスとかと一緒に高確率で入ってるのがコレで、
死んじゃう前におばあちゃんが貯めてたささやかなヘソクリ的なほほえましさというか、
それは板垣退助の肖像の赤い100円札なのですヨ。

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これが昭和30年でだいたい500円の価値。安い昼定食をコレで食べに行く感覚かな?
おばあちゃんがタンスにしまってた100円札ってだいたいピン札だったから、アレだ、
孫が遊びに来たときにおこづかいであげようとか、そんなやさしさがあったのかもネ。



◆いちおう銀貨だった!

そんな100円がコインになったのは昭和32年以降のことで、いざ高度成長期!って時代。
自動販売機もこれからバンバン増やすヨ!みたいな風潮があったんでしょうネ。
とはいえ、今みたいな、お札が使えるような自販機なんか想定してないだろうからネ。

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ところが最初につくられた100円玉がコレ、デザインはともかく、わかりにくい!
なので2年でデザインが変わります。やっぱり額面はでっかく書いとかないとネ。
感覚としては、昭和40年ごろの100円が今のだいたい400円ぐらいかな?

で、この2種類の100円玉はいちおう「銀貨」でした。つっても含有率6割ぐらいだけど。
なかには今の100円玉とか500円玉が「銀」でできてるって勘違いしてる人もいるけど、
残念!今のコインは銀はミジンコほども含まれてません。理由は知らないけど。



◆そろそろ硬貨のデザインとか変えない?

ちなみに、日本のコインは「日本国」と書いてあるほうが「表」ってことだそうです。
デザインされているものとしては、樹木だと500円玉が桐、100円玉が桜、50円玉が菊で、
10円玉のは常盤木というそうです。5円玉は稲穂、1円玉は若木という架空の樹木だそうな。

今のデザインの、桜の100円玉は昭和42年から発行されたもので、菊の50円玉と同い年。
以来マイナーチェンジもなく50年近くも同じデザインなんよネ!
500円玉は昭和57年に登場して、平成12年にいちどマイナーチェンジしています。

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昭和50年ごろの100円は、今の感覚だとだいたい170円ぐらいになるのかな?
これが5年後の昭和55年にはもう今とほとんど変わらないカンジになりますネ。
5年で1.3倍ぐらいのインフレ率…ん~バブル景気っておそろしい…

で、そのバブルがはじけた後はご存知のとおり、インフレはピタリと止まって、
需要不足・供給過多、モノは売れない、投資はしないで経済が滞った状態が現在です。
これを打破するって意味でも、コインのデザインを変えちゃうのはアリじゃね?



てなわけで、100円っていう題材で長々と時代の価値感覚をからめて語ってみたけど。
オイラが個人的に鮮烈だったのは、岩倉具視の500円札がコインになった時かな?
あの当時は、わざわざ500円玉を手に入れようと、銀行に両替する人が行列してたのヨ?

おそらくアレだ、岩倉具視って人が一体ナニモノで、何をした人だったのか~なんてネ、
ほとんどの人が知らなかったんじゃないかな?誰このちょっとイケメンなおっさん的な。
実際オイラもこの人とか、あと新渡戸稲造もどんな人か知らなかったし。

ちなみに今回撮影に使った古いお札やコインは、前回世話になったおっちゃんから、
また借りました。ボクシングジムの会長で70歳の土建屋の社長なんだけどネ。
しかもオイラのちゃりんこ仲間でもあります。おっちゃん趣味多いわ~()



(^ё^)<趣味が多いと人生たのしいゾ!)